与論町ホームページトップへ
文字サイズ変更 拡大標準
背景色変更 青黒白

田代町との姉妹盟約

最終更新日:

田代町(現錦江町)の概要

 田代町(現錦江町)は、面積1,613㎢、人口10,220人。

 温暖な気候を生かした海岸沿線のばれいしょ・人参、台地における大根・葉たばこ・茶など土地利用型農業、暖房インゲンイチゴなどの施設園芸、また、肉用牛・豚・ブロイラーなど農林水産業が基幹産業となっている。

 「あふれる自然、心豊かな町」をキャッチフレーズに、雄大な自然の中で人情味の厚い町民と共に創意と工夫を凝らしながら町づくりを進めている。


姉妹盟約の経緯

 昭和20年の終戦に伴い、中国満州開拓団にいた与論島民は帰国後、昭和21年に田代に入植。満州で亡くなった方たちのためにも、生き残った者が「満州を忘れるな」を合言葉に頑張ることを誓う。入植地名も、満州の開拓地と同様の「盤山」と名付けた。入植先の田代の寛大で人情味豊かな人々に支えられながら、その温情は20年余り経っても忘れられることなく、田代との友情は続いていった。

 その後、与論町もアメリカの軍政の苦難から解放され祖国に復帰。復興事業から振興事業へと国・県のご援助と町民の努力により町民生活も安定向上していった。 

 入植先であった盤山との往来の中で、龍野町長(当時)と川畑議長(当時)が公式に田代町を訪問。これまでの町当局のご配慮に対し満腔の敬意と深甚なる感謝の意を表し、盤山同胞に対しても、これまでの苦労をねぎらい、今後の問題等について様々な話し合いをした。両町の間に永久の友情を結ぶため姉妹町盟約についての話が持ち上がり、双方協議の結果、農村振興センター(現:中央公民館)の落成式にご列席の機会に盟約を結ぶことに了解成立。

 田代町から原町長、町副議長をはじめ使節団として17名ご来島されるという連絡を受けた与論町は、ご一行案内のため、増尾助役(当時)を鹿児島に派遣。一行は増尾助役に案内され、昭和44年6月5日の晩あまみ丸にて与論に到着。桟橋では町長・議長・役場職員をはじめ一般町民多数が出迎え、打ち上げ花火の鮮やかな閃光の下で花束が贈呈され、龍野町長の歓迎の挨拶を受けた。

 翌6日は農村振興センターの落成式に列席、あけて7日午後2時役場前に集合し、与論中学校のブラスバンドの先導で両町長を先頭に両議長、両議員、町内有志の順で役場前から茶花小学校体育館まで打ち上げ花火の爆発音の炸裂する中を熱誠あふれる町民の大歓呼に応えつつ市中パレードを実施し、その後、姉妹盟約を結んだ。


与論町宣言

田代町と与論町は、山と海、ともに交通に恵まれない地理的条件下にあります。


また両町の主要な産業は農業であり、これを基盤にした産業の振興に力をそそいでいます。

さらに両町は美しい自然と豊かな人情を誇りとしています。


ことに戦後幾多の危難を冒し満州から引揚げ無一物のまま入植した盤山開拓団に希望と喜びを与え、今日の地歩を固めるまでに寄せられた田代町民の温情は私たち郷党の想像以上のものがあります。


両町はこのようにきわめて類似しているところが多く町民感情も友愛に満ちていますので姉妹関係を結ぶことにいたしました。


この盟約を結ぶことにより産業文化、教育等あらゆる分野で交流を深めることができ、さらに相互理解を深め今後両町の繁栄に寄与することができるものと確信します。


ここに与論町民を代表して田代町と姉妹関係を盟約することを宣言します。



昭和44年6月7日

与論町長  龍野 通雄


 

(昭和44年7月15日発行 広報よろん 創刊号より)


盟約文

田代町と与論町とは永久の友情のきずなを結ぶため、ここに姉妹関係を盟約する。

田代町民と与論町民は今後、産業・文化・教育等あらゆる分野において緊密な交流を図ることにより、相互理解と協力の精神をつちかい、友情を深めていきたいと思う。

この盟約は田代町と与論町を結ぶゆるぎない友情のかけ橋となり相互の繁栄と幸福に寄与するものと確信する。



以上の合意を確認するため昭和44年6月7日与論町においてこの協定書に署名する。



田代町長  原  順  

与論町長 竜野 通雄

姉妹町盟約式典並びに祝賀演芸会

思えば大東亜戦争末期国策にそい希望と大志をいだいて勇躍渡満した盤山開拓団の一行が敗戦のうき目にあい、夢と希望を失い言語に絶する危難を冒し、着の身着のままで田代町盤山にたどりついた物語は涙なくしては聞けない日本民族の悲惨な物語の一つであります。

あれから20有余年、田代町民の友情と町当局のあたたかいご配慮により今ようやく一人立ちできるまでに成長いたしました。

また与論町もアメリカの軍政の苦難から解放され祖国に復帰してより復興事業から振興事業へと国・県のご援助と町民の努力により町民生活も安定向上しつつあり盤山との往来もこの頃はしげくなりつつあります。

先般龍野町長と川畑議長が公式に田代町を訪問、これまでの町当局のご配慮に対し満腔の敬意と深甚なる感謝の意を表し、また盤山同胞に対してもこれまでの苦労をねぎらい今後の問題等についてもいろいろ話合いをして帰ったのでありますが、最近にいたり両町の間に永久の友情を結ぶため姉妹町盟約についての話しが持ち上がり双方協議の結果、農村振興センターの落成式にご列席の機会に盟約を結ぶことに了解成立、田代町から原町長さん、町副議長さんをはじめ使節団として17名ご来島される旨電話連絡を受けた与論町は、ご一行案内のため直ちに増尾助役を鹿児島に派遣、一行は増尾助役に案内され6月5日の晩あまみ丸にて与論到着、桟橋では町長・議長・役場職員をはじめ一般町民多数が出迎え、打ち上げ花火の鮮やかな閃光の下で花束贈呈、龍野町長の歓迎の挨拶を受け翌6日は農村振興センターの落成式に列席、あけて7日午後2時役場前に集合、与論中学校のブラスバンドの先導で両町長を先頭に両議長、両議員、町内有志の順で役場前から茶花小学校体育館まで打ち上げ花火の爆発音の炸裂する中を熱誠あふれる町民の大歓呼に応えつつ市中パレードを実施した。

会場には千名を越える町民がつめかけ式典は午後3時から開会され調印式を終り与論町長、議長、町千代子さんの歓迎のことばに対し田代町長、議会代表の挨拶があり、午後4時から町連合婦人会の祝賀演芸会に移り古風豊かな古典舞踊から日本舞踊、琉球舞踊等それぞれ各自選り抜きの芸達者連が観衆を魅了する熱演を披露し、頃合いを見計らって場内に酒肴が配られ宴たけなわとなるや田代町使節団からも場内の拍手に迎えられて飛入り出演、しぶ味のある声音と妙演、昔取ったきねづかは満場をわかせ祝賀気分をいやが上にも盛り上げ盛会のうちに午後7時両町の発展を祈念万歳を三唱して閉会した。

(昭和44年7月15日発行 広報よろん 創刊号より)
このページに関する
お問い合わせは
(ID:6562)
ページの先頭へ
Copyright (C)2023 Yoron Town.