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歴史・伝統文化

シニグ祭の流れ(2)

2009年7月29日(水)

シニグ祭の流れ シニグ祭りの流れをご紹介します。

十七日の本祭

午後5時頃からパラヂ達が、マサムヌを持ってサアクラに集まり、祭主が二拝二拍一拝し一同がこれに合わせて行い、祭主の宣言奏上によって始まる。

 

<ハニクサアクラの宣り言>
トオトゥ        トオトゥガナシ
此ヌ屋敷ヌ      神ガナシ
今日ヤ        身心タナビティ
シニグヌ神様    天降リ参アチュル 
迎イル事ヤ     島ヌ子孫
待チ兼二ティ    居イクトゥ
与論島ヌ       高サル処
降リティ        賜バアリ
悪ッサル事ヤ    夜ヌ守リ
昼ヌ守リ       夜ヌウ月様
昼ヌウ日様     天照ラシュル
大神ヌ        始ミティ
国作リタル例
神ヌ代ヌ       神々
御取イ持チシ    拝ミャアビュラン
千年万年       大シャ小サ
拝ミャアビュラン
世界ヌ始マリヤ   国ヌ始マリヤ
大天一同       世界一同
龍宮一同       三方ヌ大神
世界円チャル    国々島々
始ミタル神様     八百萬ヌ神様
今ガ今マディ     千ヌ千人
万ヌ万人       集ウティ
拝ミャアビュウクテュ
益々栄イラチ     作イ物有ラチ
世ガ富ヌ神様     マアブティ
賜バアリ
旅行キュル人     マタ島中ナイ
病気有ラチ      賜バンナ
今日ヤ         供イムヌ
諸ル諸ル       供イタルカイ
汚リ穢リ        有ラヌエエクトゥ
捧ギマツリ       シャアビュラン
トオトゥトオトゥ    トオトゥガナシ

 

サアクラごとに宣り言は異なっているが、宣言奏上が終わると大神に神酒と焼酎が供えられ、順に祭主、ヌル相談役、旗持ちに献げられ、続いて氏子やパラヂに配られる。
この神酒を飲むと次のシニグまで災害・厄病から除かれると信じられている。
つづいて氏子達が持ってきた焼酎やマサムヌを大神に供え、祭主やヌル相当役や旗持ちに献げ、一同に配りあい酒盛りが始まる。
酒盛りが始まってまもなく「シニグ神歌」が、三味線や太鼓の音に合わせて歌われると、祭主、ヌル相当役、旗持ち、年長者のパラヂ、一般参加者のパラヂの順に踊りがなされる。
この踊りを「神踊り」とか「シニグ踊り」という。
一通り踊りがなされた頃、別カリサアクラ(迎イサアクラ)から三回迎えの使者が訪れて「御供シラリティ、賜バアリ」と告げる。シニグ元の氏子達は、シニグ旗を先頭に、祭主、ヌル相当役、笛吹き、太鼓打ち、三味線弾き、氏子パラヂ達の順番に行列をなしてシニグ神路を通り、シニグパンタに向かう。
シニグパンタでは、迎イシニグサアクラの一同が、シニグパンタの北方の石に旗を立て、広場に筵を敷き東方に祭主が座り、その前にシゲを懸けた榊と十字に結びつけた青竹に白・赤・青の布が懸け垂らしたものを立てる。氏子パラヂ達は、祭主の前の左右に座り、祭主が榊に向かい二拝二拍して宣り言を奏上する。

 

<宣り言>
アア トオトゥ トオトゥガナシ 我大神様 清ラ受キ取イシ 賜バアリ

 

氏子パラヂ達の持参した神酒や料理が、神や祭主に供えられ、皆にも分け合って酒盛りが始まる。そこへ旗を持ち緋色の下装を着て赤いウチクイ(頭巾)を被った元シニグサアクラのヌル相当役がやって来て、祭主に神の託宣を告げる。
その告げ方が終わると、元シニグサアクラに向かって旗を上げて合図を送り、ヌル相当役は元シニグサアクラに向かって帰る。
元シニグサアクラの一同は、歌い踊りながらシニグパンタに向かい、シニグパンタ近くの神石の周りを、ウウベエ、ハアベエと唱えながら各人ササ葉(デエク)を振りながら左へ三回廻る。そこでヌル相当役を迎え、ヌル相当役を先頭にシニグパンタに登る。
シニグパンタに到着した別シニグサアクラ一同は、祭主とヌル相当役と旗持ちの周りをウウベエ、ハアベエと三回唱えながらササ葉を振りながら左へ三回廻る。
次に元シニグサアクラと迎イシニグサアクラ・別カリシニグサアクラの一同が合同で大親族大血族の酒盛りが始まる。
やがて薄暗くなった頃、元サアクラの氏子たちをパンタに残し、別カリサアクラの氏子達は、白布を頭に被り、田んぼに降りて行く。
ニッチェエサアクラでは、少し刈り残しておいた稲穂の中に的を立てて弓矢で射る。
弓矢が当たれば次の年は豊作であると信じられていた。
大嶺山においては、ショオサアクラの祭主が「奥山、辺土山ヌ、猪ヌ真マン中」と唱えて沖縄北部に向かって弓を放つという事をしていた。
これが終わると田んぼの真ん中に集まり「我ガ、殖ヤシアル稲ヤ、刈リ良シ、刈リ良シ」と三回唱えて、ササ葉を真ん中に投げ入れ、神送りの神事を行い十七日の本祭が終わる。
昼間サアクラで大人が酒盛りをしている頃、子ども達によってヤアウチパライの神事が行われる。これは、子ども達が手分けして宗家の家から順に氏子の家を廻り、家の周りや母屋の中の柱をデエクの小枝3本を持って左回りに3回打ち祓って廻る。 グシクマササアクラの子どもたちの場合、「グシクマササアクラ、
出ヂタル泉ヌ如、早童ヌ、ウウベエ、ハアベエ」と唱えて祓う。
祓いが済むと、神床に供えてある団子・おにぎりをティル(竹製のかご)に入れ、神酒は徳利に納め、サアクラに持って行って、酒は大人にあげおにぎりや団子は自分たちで食べた。

 

十八日の祭り

戦後、シニグ祭二日目の十八日は、中休みと称して神事を行わないサアクラが多い。
以前は、氏子達がサアクラに集まり神事と酒盛りが行われていた。
昭和30年頃のニッチェエサアクラでは、夕方5時頃からサアクラに集まり氏子達が祭主に対し、「昨日ヤ、祓オティ賜バアチ、トオトゥガナシ」と謝辞を述べそれぞれ席に着く。アムトゥの遠祖のシニグ神の神体である東隅の柱の前に、神酒と焼酎を供え、祭主が二拝二拍し宣り言を奏上し始まる。

 

<宣り言>
トオトゥ、トオトゥガナシ、今日ヌ、十八日、二日目ヌ、シニグガナシ、ハッシ
清ラ拝ン、シャアビュウクトゥ、美ラ受キ取イシ、賜ボオリ、トオトゥ、トオトゥガナシ

宣言奏上を終えてから、祭主は立ち上がり旗持ちを従えアアジンチェエ神社に参拝し、神酒を3杯捧げてサアクラに帰り、神酒と焼酎をいただく。次に、氏子達も順にいただき酒宴が始まり、歌踊りが行われ、適当な頃合を見て一同は退散し、二日目の神事を終える。

 

十九日の祭り

シニグ最終日の十九日は、シニグ神や氏族の遠祖(大神)が昇天する日で、直り会、サアクラ直シ、神路直シなどが行われる。
氏子達は、夕方5時頃から神酒やマサムヌをたずさえサアクラに集まり、神酒と焼酎を神に供え、祭主が神に二拝二拍し宣言奏上で祭りが始まる。

 

<ニッチェエサアクラの宣り言>
トオトゥ        トオトゥガナシ
此年ヌ        三年廻リヌ
シニグガナシ    十七日カラ
十八日マディ    良ッタアシャ
清ラ拝ン       シャアビタクトゥ
今日ヤ        三日目ヌ
サアクラ直シ     定ミンシャル通リ
清ラ拝ン       シャアビュタクトゥ
来ユル再来年ヌ  (何)年ヌ
シニグマディ    氏子
子孫ヌ        生命長ク
有ラチ        島中ヌ
諸ル諸ルヌ     マガ事
打チ祓イ       内外ヌ子孫
見イ守ティ      五穀世ガ富
四チ足        見イ守ティ
災厄打チ祓イ    後増サイ増サイ
世ガ富有ラチ    清ラ拝ン
シラリティ      賜ボオリ
トオトゥ        トオトゥガナシ

 

宣言奏上が終わると、祭主、ヌル相当役、旗持ち、氏子パラヂの順に神酒と焼酎を飲み、
マサムヌが配られ、酒盛りが始まり「直り会」が行われる。
直り会では、スルマンダイブシなど歌踊りが行われる。
しばらく歌踊りが行われた後、サアクラ直し、神路直しが行われ、その年のシニグがすべて終わり退散する。

最終更新日 [2009年8月6日]  
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